大判例

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大阪地方裁判所 平成8年(わ)3821号 判決 1997年8月20日

主文

一  被告人T関係

1  被告人Tを懲役八か月に処する。

2  この裁判の確定した日から三年間この刑の執行を猶予する。

3  訴訟費用のうち、被告人Tの国選弁護人に関する分は同被告人の負担とする。

二  被告人S関係

1  被告人Sを懲役六か月に処する。

2  この裁判の確定した日から三年間この刑の執行を猶予する。

3  訴訟費用のうち、被告人Sの国選弁護人に関する分は同被告人の負担とする。

理由

【有罪と認定した事実】

被告人両名は、平成七年六月二一日午前零時ころ、大阪市淀川区西中島四丁目<番地略>フルーレ新大阪東側付近路上において、友人であるB′ことB(分離前相被告人)が、被告人TやBを追いかけて来た甲野太郎(当時三二歳)に対し、その顔面に頭突きをし膝蹴りを加える等の暴行を加え、同人を路上に転倒させたことから、Bの喧嘩に加勢しようと考え、ここに被告人両名は暗黙のうちにBと共謀の上、そのころから同日午前零時一五分ころまでの間、同所において、こもごも甲野の頭部等を多数回にわたり足蹴にするなどの暴行を加え、更に、Bにおいては、引き続き同区西中島四丁目<番地略>大和銀行新大阪駅前支店駐車場西側路上においても、甲野の頭部等を足蹴にする暴行を加えた。

その結果、甲野は、右一連の暴行により、入院加療約三二日間を要する鼻骨骨折、全身打撲等の傷害を受けたが、その傷害は、右共謀成立前のBの暴行によるものか、共謀成立後の被告人ら三名の暴行によるものかを知ることができない。

【有罪認定の証拠】<省略>

【傷害罪の共同正犯の訴因に対し同時傷害罪を認定した理由】

一  検察官の主張等

検察官は、本件訴因において、被告人両名及びBにつき傷害罪の共同正犯が成立する旨主張しているが、当裁判所は、被告人両名については傷害罪の共同正犯は成立せず、前記のとおり、同時傷害罪が成立するに止まると判断したので、以下、その理由を述べる。

二  証拠上明らかな事実関係

まず、前記日時・場所(フルーレ新大阪東側付近路上)において、最初にBが甲野の顔面に頭突きを食らわせ、膝蹴りを加える等の暴行(以下これを「頭突き等の暴行」という。)を働き、同人を路上に転倒させたこと、その後、被告人Tが、引き続き被告人Sが、それぞれBの暴行に加わり、同所に転倒している甲野に対し、三名でこもごも甲野の頭部等を多数回にわたり足蹴にするなどの暴行を加えたこと、その後更に、Bが前記駐車場西側路上において甲野の頭部等を足蹴にする暴行を加えたこと、本件傷害の結果は、B及び被告人両名の右一連の暴行によって生じたこと、以上の事実は当事者間に概ね争いがなく、前掲関係証拠によっても優にこれを認めることができる。

三  当初の共謀の存否

検察官は、本件訴因中で、Bの頭突き等の暴行に先立つ当初から被告人三名の間に傷害の共謀が存していた旨主張している。しかし、この点については、本件全証拠を精査しても、これを窺わせるような証拠は見いだすことができない(ただ、わずかに、被告人Tの検察官調書〔乙一三〕の九項中に、甲野の追跡を知ったBが同被告人に対し「Tさん、ヤバイですよ。」などと言ったのを聞き、同被告人は「先ほど電話機をひきちぎった直後であり、それを誰かが見ていて、私らを追いかけてきた、これはけんかになると思って、私は、Bに加勢して相手になってやろうと一瞬思った」旨の供述があるが、同被告人の警察官調書や公判供述等に照らすと、右供述はいささか突飛なものであって不自然さを禁じえない上、仮にその点はさて置くとしても、Bが、被告人Tの右胸中を察した上で最初の頭突き等の暴行に及んだことを認めるに足る証拠はないから、結局、右供述をもってしてもBと同被告人との間で当初から傷害の共謀が成立していた事実を認定することはできない。)。

むしろ前掲関係各証拠によれば、前記のとおり、Bが甲野に頭突き等の暴行を加えて同人が転倒したのを見て、被告人両名はBに加勢しようと考え、現場において暗黙裡に三名間に傷害の共謀が成立したものと認めるのが相当である。

四  承継的共同正犯の成否

右認定を前提とすると、次の問題となるのは、被告人両名につき、傷害の承継的共同正犯が成立しないかである。これが成立するならば、被告人両名とも、共謀成立に先立つBの頭突き等の暴行についても共同正犯としての罪責を免れないことになる。

ところで、承継的共同正犯の成立範囲については諸説存するところではあるが、当裁判所は、「承継的共同正犯が成立するのは、後行者において、先行者の行為及びこれによって生じた結果を認識・認容するに止まらず、これを自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思のもとに、実体法上一罪を構成する先行者の犯罪に途中から共謀加担し、右行為等を現にそのような手段として利用した場合に限られると解する」立場(大阪高裁昭和六二年七月一〇日判決・高刑集四〇巻三号七二〇頁)に賛同するものである。

そこで、このような見地から本件につき検討すると、確かに、後行者たる被告人両名は、先行者たるBが頭突き等の暴行を加えるのを認識・認容していたことが認められるが、それ以上に被告人両名がこれを「自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思」を有していたとか、現にそのような手段として利用したとかの事実は本件全証拠によっても認めることはできないから、結局、被告人両名には傷害の承継的共同正犯は成立しないというべきである。

五  同時傷害罪の成否

しかし、以上から直ちに、被告人両名は共謀成立後の傷害の結果についてのみ傷害罪の共同正犯に問われると結論することはできない。

けだし、前記のとおり、本件傷害の結果は共謀成立の前後にわたるB及び被告人両名の一連の暴行によって生じたことは明らかであるが、それ以上に、これがBの頭突き等の暴行にのみ起因するものであるのか、それともその後の被告人両名及びBの暴行にのみ起因するものであるのか、はたまた両者合わさって初めて生じたものであるのかは、本件全証拠によってもこれを確定することはできないからである(なお、前掲関係証拠によれば、甲野の鼻骨骨折はBの最初の頭突きによって生じた可能性が濃厚であるが、被告人両名もその後甲野の頭部等に多数回足蹴にしており、これらの暴行が右鼻骨骨折の形成に寄与した可能性も否定できないから、右傷害がBの頭突きのみから生じたとは断定することはできない。)。

そして、一般に、傷害の結果が、全く意思の連絡がない二名以上の者の同一機会における各暴行によって生じたことは明らかであるが、いずれの暴行によって生じたものであるのかは確定することができないという場合には、同時犯の特例として刑法二〇七条により傷害罪の共同正犯として処断されるが、このような事例との対比の上で考えると、本件のように共謀成立の前後にわたる一連の暴行により傷害の結果が発生したことは明らかであるが、共謀成立の前後いずれの暴行により生じたものであるか確定することができないという場合にも、右一連の暴行が同一機会において行われたものである限り、刑法二〇七条が適用され、全体が傷害罪の共同正犯として処断されると解するのが相当である。けだし、右のような場合においても、単独犯の暴行によって傷害が生じたのか、共同正犯の暴行によって傷害が生じたのか不明であるという点で、やはり「その傷害を生じさせた者を知ることができないとき」に当たることにかわりはないと解されるからである。

六  結論

よって以上により、当裁判所は、被告人両名には、本件傷害の結果につき同時傷害罪が成立し、全体につき傷害罪の共同正犯として処断すべきものと判断した次第である。

(なお、傷害罪の共同正犯の訴因につき、判決で同時傷害罪を認定するためには訴因変更が必要であるか否かは一個の問題であるが〔最高裁昭和二五年一一月三〇日決定・刑集四巻一一号二四五三頁は不要とする。〕、本件においては、前記のとおり、当裁判所の認定は共謀の点・暴行の点ともに訴因の範囲内の縮小認定である上、刑法二〇七条の適用の可否については、結審前に争点顕在化の措置を講じて当事者に新たな主張・立証の機会を付与しており、訴因逸脱認定又は不意打ち認定の問題は生じないと考えられるので、当裁判所は、検察官の訴因変更の手続を経ることなく、判示の認定を行った次第である。)。

【法令適用の過程】

1  「有罪と認定した事実」記載の被告人両名の行為は、いずれも刑法二〇七条、六〇条、二〇四条に該当する。

そこで、当裁判所は、後記「量刑の理由」により、いずれの被告人についても法定刑の中から懲役刑を選択した上、その法定刑期の範囲内で、被告人Tを懲役八か月、被告人Sを懲役六か月にそれぞれ処するとともに、被告人両名に対し、刑法二五条一項を適用して、その裁判の確定した日から三年間各刑の執行を猶予することとした。

2  訴訟費用(国選弁護費用)が生じているので、刑事訴訟法一八一条一項本文により、被告人両名とも、各人の国選弁護人に関する分をそれぞれ負担させることとした。

【量刑の理由】

本件は、被告人両名が、友人の喧嘩に加勢して、転倒している被害者の頭部等を一方的かつ多数回にわたり足蹴にする暴行を加え、その結果、被告人両名ら及び右友人の一連の暴行により被害者が重傷を負った(但し、その傷害が誰の暴行に起因するかは不明である。)という事案である。

本件犯行に至る経緯・動機には全く酌むべきものがなく、その犯行態様も右のとおり常軌を逸した悪質なものである。一連の犯行により被害者は重傷を負っており、被告人らに対し被害者が厳しい処罰感情を抱いていることにも無理からぬものがある。

しかし他方、被告人両名のために酌むべき事情にも目を向けると、<1>本件は酔余の偶発的犯行であること、<2>被告人両名は、Bの喧嘩に途中から加担したに止まっており、本件において終始主導的な役割を演じたのはBであること、<3>Bの暴行に比べると被告人両名のそれは程度が軽く、また、被告人両名間では、被告人Sの方が被告人Tのそれより程度が軽いこと、<4>被告人両名は、本件事件の最終段階では右Bの暴行を抑制する方向に動いていること、<5>被告人両名の弁護人が、被告人らに成り代わって示談交渉に努めたものの、被害者側の峻拒にあってこれを果たせなかったこと、しかし、被告人両名は、今後とも被害弁償のための努力を行う旨この公判廷で誓約していること、<6>被告人Sには前科がなく、被告人Tも交通関係の罰金前科が一犯あるのみであること、<7>被告人両名とも、その近親者が今後の両名に対する指導監督と被害弁償への協力を約束していること、など事情を窺うことができる。

そこで、以上述べた一切の事情を総合勘案すると、被告人両名の罪責は到底軽く見ることはできず、それぞれ本件への関与の程度に鑑み、両名を主文の懲役刑に処することはやむを得ないと考えるが、他面、前記のような両名のために考慮すべき事情もあるので、今回は、その刑の執行を猶予し、社会の中で更生する機会を両名に与えることとした次第である(検察官求刑―両名とも懲役一〇か月)。

(裁判官 杉田宗久)

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